101回目の卒業式

鎌田勝浩 作
2008/3/30 初稿


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I. いつもの朝

「それは、桜の花が咲き始めるころの事だった」

 よく晴れた朝、桜の咲き始めた、木々の生い茂る広い公園脇の道を、学生服の俺は走っていた。

 俺は、同じ一日を繰り返していた。高校生活最後の日であるその日、卒業式の一日を。

 公園入り口の車避けの柵を、片手でひょいと飛び越えると、公園内に走り込んでいく。
 公園内には、犬を連れて散歩している人、咲き始めた桜を眺めている人など、閑散としてはいるがあちこちに人が歩いている。桜並木が続くその中を、ひょいと身をかわしながら、走り抜けていく俺、端山美樹。

 何故かはわからない。何度か友達にも尋ねてみたが、誰も気づいていなかった。卒業式の一日を繰り返しているのに気づいているのは、俺だけだった。

 犬を連れた女性が歩いてきて、俺とぶつかりそうになる。
「おっと、ごめんよ」
 さっと躱して、唖然とするその女性を後に、走り去っていく。

 なぜ走っているかと言えば、遅刻しそうになっているからだ。俺は元生徒会長で、今日の卒業式で、答辞をする事になっている。最後の仕事で大チョンボをやってしまっては、大事だ。

 微風が吹いて、桜の花びらが舞う。

 早く起きればいいんだが、前日、というか卒業式の日なんだが、眠って、朝起きると、いつもこの遅刻ぎりぎりの時間になってしまうんだから、仕方がない。何度目の朝を迎えたのか、何十回目か、もうわからなくなってしまっていたが、毎回、遅刻しそうになって、こうして走っている。

 犬を連れた男とぶつかりそうになって、犬に吠えられるが、会釈をして走り去る。

 公園の向こうのバス停で、バスに乗って高校に行くんだが、次のバスに乗り遅れると、30分、バスは来ない。完全に遅刻だ。もっとも、この調子で走り続ければ、ぎりぎりで間に合う事になっているので、内心、不安はないんだけど。

 公園内を流れる小川にかかる小橋を駆け抜ける。

 目下の関心事は、『告白』のことだ。卒業を機に、学年一、いや、学校一の美少女に、告白をしようと、いや、しているのだが、毎回、見事に玉砕している。

 ※ ※ ※
「あなたの事、よく知らないから……」
 ※ ※ ※
「え、何?本気なの?」
 ※ ※ ※
「ごめんなさい」
 ※ ※ ※

 幸か不幸か、こうして何度も卒業式をしているので、色々と工夫してはいるんだが、いつもいいところで失敗してしまう。今度はどの手でいこうか……え、答辞?そんなもん、昔取った杵柄で、朝飯前ってもんよ。

 走りながら考える。
「さて、どうしたものか……えっ?」

「チリン」と鈴の音。

 突然、目の前に光り輝く黄色の蝶が飛び込んできた。が、ふっと消えてしまった。それに気を取られ、俺は思わず足を緩めてしまった。

「今のは……蝶?……おっと、急がないと遅刻遅刻……」

 慌てて走り始めるが、慌てていたので目の前の黒い猫に気づくのが遅れた。

「ね、猫?どけどけっ!」

 目の前を横切ろうとしていた猫は、俺の剣幕に怯え、足がすくんで動けない。怯えて俺をじっと見つめている。

「まずいっ!蹴り飛ばす!」

 そう思って、猫を避けるために急激に進路を変えようとしたが、慌てたために道端の小石を踏んでしまい、足を滑らせ、そのまま道端の芝生に突っ込んで転んでしまった。猫はそのまま逃げ去っていった。

 「あいたたっ……ん?」

 地面についていた手を握り、目の前で開くと、そこには百円玉があった。

「おっ、百円!ラッキー!」

 手にした百円玉をポケットにしまい、立ち上がって服の汚れをたたき始める。
 気づくと、10メートルほど前方の公園出口前の横断歩道の信号が点滅していた。

「まずっ!信号が変わる!」

 俺は慌てて駆け出した。

 横断歩道へ猛然と駆けつけるが、間一髪で信号が変わって、間に合わなかった。車が動きだす。この辺りの交通量は結構多い。

「間に合わなかったか……」
息を切らしながら、呟いた。

「今までは、この信号は渡れていた……なのに、今回は渡れなかった。……どういうことなんだ?」

 そんな事を考えながら信号待ちをしていると、目の前をバスが通り過ぎる。

「げっ、あれは乗るはずのバス!乗り遅れるっ!」

 焦って足踏みをしだすが、まだ信号は変わらない。やがて、信号が変わり、俺は走り出した。
信号を渡り、バスの後を追う。

「間に合うかっ!間に合うのかっ!」

 遠くで、バスがバス停に止まるのが見えた。
 手を振りながら走りつつ叫んだ。

「待ってっ!乗ります!乗ります!そのバス、待ってーっ!」

 叫びもむなしく、バスは走り出してしまう。

 なんとかバス停まで到達するが、既にバスは遥か彼方を走っていた。
「……乗り遅れてしまった。……歴史が、……知ってる歴史が変わってしまった。……いったい、これからどうなってしまうんだ?」
 バスを見送りながら足を止め、息を切らしながら思う。

 やがて息も落ち着いてくる。
「それより、学校どうしよう?これじゃ、完全に遅刻だ!」
 俺は途方に暮れた。 
「とりあえず、落ち着こう」
 ふと見ると、バス停前に自販機があった。
 それを見て思い出す。

「そういえば、さっき拾った百円玉があったな。あれでコーヒーでも飲んで、落ち着くか」

 ポケットをまさぐり、先ほどの百円玉を取り出す。自販機に向かい、缶コーヒーのボタンを押す。落ちてくる音。すると、背後でバスが接近してくる音がしてくる。
「ん?」
 振り向くと、バスがバス停に止まるところだった。行き先を見ると、「桜ヶ丘高校行き」とある。
「そうかっ!あのバスは一つ前のバスだったのかっ!」
 あわてて大声で叫ぶ。
「乗りますっ!乗りますっ!待ってくださーいっ!」
 購入した缶コーヒーを慌てて取り出し、それを手にバスに飛び乗った。

「よかった、これでなんとか間に合った」

 そんな事を考えながらほっとした俺を乗せて、バス停からバスが出て行く。


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2008/3/30 初稿