101回目の卒業式

鎌田勝浩 作
2008/3/30 初稿


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II. 最後の登校

 俺の高校、桜ヶ丘高校校門前で、感傷に浸る俺。
「今日でこの高校ともお別れか……って、何回目だ?この台詞」
 くすっと、一人で笑ってから、校門をくぐる。

 歴史的な事情で、生徒会室は、離れになっていた。廊下を歩きながら、俺は生徒会室へ向かっていた。
「今日は、放課後は『告白大作戦』で忙しくなるから、長年通いなれた、ここへの最後の別れは、先に済ませておこう……って、やっぱり何回目だっ?……でも、歴史は、……歴史は前の通りなんだろうか?」
 手の中の缶コーヒーに気づき、それをかざしながら、呟く。
「結局、こいつは飲めなかったな……」

 扉に手をかけ、誰もいないはずの生徒会室の扉を開ける。

 無人の生徒会室に入る。室内を見渡して、

「ここに来るのも、今日で最後か……。何もかも、皆懐かしい……」

 そう言って感傷に浸ろうとしていると、背後で扉の開く音がした。振り向くと、男子生徒が立っていた。

「あれっ、端山先輩?どうしたんですか?今日は卒業式ですよね。……そうか、最後のお別れ、ってやつですか?」
「ん、まあ、そんなとこだ」
 こいつは『中西雅人』、一年後輩で、現生徒会長だ。俺が現役のときは、俺の下で副会長をしていた。詳しくは知らないんだが、うちの高校は変わっているらしく、生徒会長だけ、選挙で選ばれる。その他の役員等の人事は、全校クラス委員会の承認さえ受ければ、基本的に生徒会長が好きにできる。まあ、大統領制に似ていると言えば、聞こえがいいが、昨今の生徒会活動への無関心という風潮から生まれた、苦肉の策だそうだ。そのため、別名『生徒会部』とも言われている。本当は、こいつじゃなくて、もう一人の副会長の『あいつ』が生徒会長を継ぐと思っていたんだが……。

「あれっ、先輩、何持ってるんですか?」
「ん?あ、これか。さっき買ったんだが、結局飲む暇がなかった」
持っている缶をかざして、俺は答えた。
 すると、にやりと不敵に笑って、
「じゃ、それ、俺にくださいっ!」と、言うが早いか、サッと缶を奪う中西。
「おいっ、中西!てめぇ!」
 思わず声を荒げる俺。
「こいつはいつもこうだ。特に会長になってからは。昔は素直なやつだと思っていたんだが……」
内心、そんな事を考えていると、中西は不敵な笑いを浮かべている。
「ただで貰っちゃあ、さすがに悪いですね。……じゃあ、代わりにこれ、あげます」
 言うが早いかポケットから何かを取り出し、俺の手の中に強引に握らせて、
「じゃ、俺、用事がありますんで。……ごゆっくり」
 バタン、と音をたてて扉を閉めて、去っていく中西。唖然として残される俺。
「あいつ、何しに来たんだ?」
 ふと気がついて、手を開いてみる。
「ん?キーホルダー?蝶?」
 手の中に蝶のついたキーホルダーがあった。蝶は、黄色で、ガラス状の半透明に透き通った素材でできており、銀色の縁取りがあった。一緒に小さな鈴もついていた。
「蝶か。何か今日は、蝶に縁があるな」
 そう呟きながら、思った。
「蝶か。今まではこんな事、なかったな。それにここにあいつは来なかったはずだ。歴史は、やっぱり変わってしまったのか」

 不意に予鈴が鳴る。

「まずっ、遅れるっ」

 キーホルダーを上着のポケットに乱暴に入れて、慌てて部屋を出た。

 * * *

 俺の教室。担任の最後の挨拶が終わり、解散する卒業生一同。

「これで、俺の高校生活は終わった。最後の仕事も、きちんと済ませたし」

 体育館の全校生徒の前で、答辞を読む姿を、俺は回想していた。そんな中、在校生の中で、じっと俺を見つめる女生徒が一人いたのには気付いていなかった。

「あとは、あの作戦の決行のみか。急がないと、彼女、帰っちゃうし……。さっさとふけよう」

 目立たないように、俺は教室を出ようとした。その時、不意に鈴の音が鳴った。

「チリン」

「あれっ、端山。これからみんなでお別れ会しようって話になってんだけど、最後くらい、お前もいくよな?」
 木下の声だ。振り向いて、苦笑いをしながら、
「い、いやぁ、そのぉ」とごまかす。

「端山君、行こうよ」
 小林さんが笑顔で誘ってくる。気がつくと、いつのまにか、級友数人に囲まれていた。

「そんな事をしたら、作戦が……第一、俺は生徒会活動にかまけたお陰で、クラスの皆とは疎遠になってしまった。親しい友人や仲間は、かえって他のクラス、他の学年、他校生の方が多いくらいだ。……どうしたらこの危機から脱する事ができるか……」
 そんな事を考えている事を悟られないように、姿勢を正して、にこにこしながら、
「いやー、残念だなー。行きたいのはやまやまなんだけど、あいにく先約があってね」
 そう言いながら、頭をポリポリ掻く。

「やっぱり、あれか?生徒会関係?」
 木下が残念そうに言う。
「えーっ、行きましょうよ。最後なんだし」
 小林さんがそう言って懇願する。
 俺は困惑して辺りを見回した。すると、廊下を歩く、彼女、高山晶の姿が目に入った。
「えっ、まずい。早くしないと帰っちゃう」
 焦りだして、
「ほ、ほら。他の人も、部活関係とか、色々と忙しい人たちもいるでしょ」と言うと、
「ま、まあな」と、渋々認める木下。
「でも、端山君、あんまり顔見せないし、……最後だし……」
 そう言う小林さんは、もう涙目になっていた。
「まあ、端山も色々と付き合いがあるんだろうよ。仕方ないさ。な、小林さん」
 そう言ってなだめる木下。
「ご、ごめん、小林さん。また今度、行くから」
 そう言ってなだめようとするが、
「お、おいっ」と木下がとがめる。
「だから、最後なんだってばぁ」
 小林さんが泣きそうな声で言う。
 それを見て、周りがざわついてきた。
「ま、まずいぞ。何だ、この雰囲気は?どうしたって言うんだ」
 まずい雰囲気に焦る俺。
「と、とにかく、今日は先約があって……ごめん、小林さん。みんな、元気で」
 そう言うと、振り向かず、逃げるように俺は教室を出て行った。

 出て行った俺を見送った後の木下。
「小林さん、大丈夫?」とねぎらう。
「ごめん。やっぱだめだね。卒業式は感傷的になっちゃって、すぐ涙目になっちゃう。おまけに、花粉症の気もあるし」
 そんな小林さんにティッシュを渡しながら、
「はい、ティッシュ。やっぱり、今日は止める?」と、確かめる。
「大丈夫、行くの。最後なんだよ」と、意地になる小林さん。
「はいはい」
 その場の一同は、笑いに満たされた。

 卒業生、在校生が思い思いに別れを惜しんでいる廊下に、それを横目に見て足早に歩く俺の姿があった。
「まいったなぁ、小林さん、泣かせちゃったかな?……あんまり知らないんだけど。……でも、なんで捕まっちゃったかなあ?いままでこんな事、なかったのに。やっぱり、歴史が変わった?」
そんな事を考えながら廊下を歩いていると、またも鈴の音。

「チリン」

「おい、端山」
 男の声に呼び止められて、恐る恐る、振り向く。
 そこに居たのは、予想通り、西川先生だった。校内でも若手の体育教師で、今時珍しい熱血教師だった。生徒会の担当で、言ってみれば俺たちの天敵だった。
 にこにこしながら西川先生が近づいてきた。
「そうか、端山も今日で卒業か」
「は、はい。おかげさまで」
「そうだぞ。お前が卒業できるのも、俺のお陰だぞ。何回停学になりかかったのを、俺が何とか校長に掛け合って止めたか。なんてな。ははははっ」
 そう言って、大声で笑う。
「はあ、その節は、お世話になりました」
 そう言って、作り笑いをする。
 ちょっと大げさなところもあるが、実際のところ、当たらずとも遠からず、というのは事実だった。元来のお祭り好きの俺としては、特に生徒会長になってからは、折々にイベントと称して、常識的にはちょっと外れるかもしれない事件を起こしていた。ま、俺としては、面白いからやってただけなんだけどね。その時にさんざん怒られたのが西川先生だった。何度も停学を覚悟していたんだが、不思議とそうはならなかった。後で聞いた話によると、西川先生が、体を張って庇ってくれていたらしい。
「お前には散々、泣かされたからなあ。毎度毎度、今度は何をやらかすか、冷や冷やものだったんだぞ」
「はあ、それはどうも」
 そう言いながら頭を掻く。
「今日も、最後だから、きっとまた何かやらかすんじゃないかと、気が気ではなかったんだが、たいした事はしなかったようだな」
「まあ、最後ですし、飛ぶ鳥跡を濁さず、って言うじゃないですか。いつまでも子供じゃないですよ」
 本当は、例の作戦で頭がいっぱいで、それどころではなかったと言うのが本音だ。
「しかし、もう、お前の心配をしなくてもいいんだな。ようやく肩の荷が降ろせるよ」
「厄介払いができた、というところかな?」と思った。
「でもな、本当はお前の事を買ってたんだぞ。今度はどんな面白い事をやらかすかってな。確かに、後始末は頭が痛かったが、今時の生徒にしては珍しく、行動力があって、結構、楽しかったぞ。……寂しくなるな」
「先生……」
 咳払いをしてから、
「確か、大学は東京だったな」と尋ねる。
「はい、そうです」
「元気でやれよ。たまには、顔を出せよな」
「はい。ありがとうございます」
「じゃあなっ。ハハハハッ」
 そう言って、人ごみの中を去っていく。
 それを見送りながら、
「そうか、そんな事を考えてたのか。……案外、いいやつだったのかもな?」
 そう考えながら感慨に耽る端山。ふと気づいて、
「ま、まずい。時間がない」
 慌てて足早に歩き出す。


[III. 思わぬ展開 へ]

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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2008/3/30 初稿