自動人形(オートマタ)は機械仕掛けの夢を見るか

鎌田勝浩 作
2004/9/13 初稿


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I. ソノミ誕生(1)

闇があった。突然、光が現れ、全体に広がって辺りを満たす。やがて、何かが見えてきた。
輪郭線だけで構成されたそれは、やがて通常の映像になる。
天井だった。蛍光灯の光も見える。
何かが聞こえてくる。モガモガ言って良く聞き取れない。やがて、音が声になってきた。
何かの機械音も聞こえてくる。
「…電圧正常。起動を確認。各部チェック…問題なし、と」
何かが視野に入ってくる。覗き込んで、
「目は開いてる…うまく動いているみたいだな」
手を振って言う、
「お〜い、わかるか?」
少し見つめた後、視野から外れる。
「視覚、聴覚、反応は…あるみたいだな。ここまではOK。…よし、なんとかうまくいったみたいだな」

* * *

殺風景な部屋だった。窓は見当たらない。地下室だった。いろんな機械が沢山置いてあった。
真ん中に作業台があり、その上に人型のロボットが仰向けに寝かされていた。
160cmほどの身長のそのロボットは、頭にヘッドギアのような機械をつけられていた。
ヘッドギアからは何本ものケーブルが伸び、側の機械につながっていた。
その周りで、各種の機械の表示を読みながら動作のチェックをしている少年がいる。

ロボットを作ったのは、この少年だった。この自宅地下の研究室で、ロボットを組み立てたのだった。
少年は、ロボットの腕を組み立てた。脚を組み立てた。
掌を開いたり閉じたりして、腕の動きを確かめた。
膝を曲げ伸ばしさせて、脚の動きを確かめた。
腕を動かして、卓上のボールを掴ませようとしたが、うまく掴めなかった。
腰から下を組み立て、歩かせようとしたが、すぐ転んでしまった。
それと並行して、カメラ、マイク、スピーカー、モニターディスプレイなどを使って、
ロボットの人工頭脳の訓練もしていた。
最初はうまく行かなかったが、やがて、そこそこ会話が成立するようになってきた。
このような試行の後、彼はロボット全体を組み上げたのだった。

ロボットの側でそれを見つめながら、少年が言う。
「よ〜し。ソノミ、わかるか?」
ソノミと呼ばれたロボットは、何かを言おうとするが、言葉にならない。
「う〜ん。まだ発声装置に慣れていないようだな。大丈夫、直ぐに慣れるから」
「ぅ〜、あ〜っ、あ〜」
ロボットは、なんとか話せるようになってきた。
「あ〜。こんにちは。私の名前はソノミです」
無表情でぎこちなくしゃべった。
「よぉし。上出来だ」
ぎこちなく、
「ヒロシさん、ですか?」
機械的な声で、ソノミが言う。
「ヒロシ。ツクバヒロシ。コウコウ2ネンセイ。17サイ。ワタシを作った人」
通常の、しかしぎこちないしゃべり方に戻って、
「ヒロシ。ワタシ、どうした、ですか?」
博と呼ばれた少年が言う。
「ソノミは、体を手に入れたんだ」
「カラダ?」
「そうだ。いままではソノミには体がなかった。今、ソノミには体がある」
「カラダ、アル」
噛み締めるように、しかし無表情でソノミが言う。
「動けるか?体、動かしてみろ」
「ヤッテミル」
ソノミ、動こうとするが、バタバタするだけで、うまく動けない。
やがて激しくバタバタし出す。
「まずい、フィードバック制御がうまくいってない。筋力制御リミッターを強化しなければ」
博、慌ててそばの機械に飛んでいき、スイッチを操作しだす。
やがて、ソノミは落ち着いてきた。
「よし、落ち着いてきた」
ホッとして博が言った。
「ワタシ、ドウシタ?」
「まだ、新しい体に慣れていないんだ。大丈夫、訓練すればすぐ慣れて、うまく動けるようになるから」
博は、ソノミを起こして作業台に座らせた。ソノミの頭の機械を外してやる。
「クンレン、スル?」
「そうだ。お前の体は、普通のロボットとは違ってプログラムで動いているのではない。
ニューラルネットを応用した人工小脳で動くように作られている」
「ニューラル、ネット?」
博、頷いて続ける。
「プログラムの代わりに、人間みたいに実際に動いて動きを学習するんだ。だから、訓練が必要なんだ。
訓練すれば、どんどんうまく動けるようになる」
「ソノミ、ヨクワカラナイ」
博、思わず笑い出して、
「はっはっは。そうだな。今のソノミには、まだわからないか」
「まだわからない」
「大丈夫だ。おいおいわかるようになる」
「ソノミ、おいおいわかるようになる」
「そうだ、ソノミ。訓練するぞ。動きもそうだが、会話もだ。そうすればそのうちに普通に生活できるようになる」
「ソノミ、クンレンする。ソノミ、ガンバル」
ソノミ、一瞬、口元に笑みを浮かべるが、すぐもとの無表情に戻る。博はそれに気付かなかった。
「そうそう、忘れてた」
姿勢を正して博は言った。
「物理法則の支配する世界へ、ようこそ」

筑波博(つくば ひろし)の自宅地下の研究室で、ロボットのソノミの訓練が始まった。
ロボットとはいえ、さすがに何も着ていないのはまずいと思った。
ソノミは、Tシャツ程度のとりあえず何か着ているだけと言う軽装で、作業台の前の椅子に座っている。側に博がいた。
「よし、じゃあ次はこのボールを掴んでみようか」
博がソノミに指示する。
「ソノミ、ボール、つかむ」
ソノミは、作業台の上のボールを掴もうと手を伸ばすが、少しずれた空間を掴もうとした。
腕が安定しない。ふらふらしている。
「ソノミ、ボール、つかめない」
相変わらず無表情で、ソノミは言った。
「大丈夫だ。落ち着いて。さ、もう一回やってみようか」
博はソノミを励ます。
「ソノミ、もう一回やってみる」
ボールに手を伸ばすがまだ掴めない。それでも、さっきよりは近づいたようだ。
「大丈夫だ。もう一回」

作業台の上に積み木が散らばっている。
ソノミはその前の椅子にすわっていた。
博が側でサポートしている。
「さあ、今度はこの積み木を掴んで、あの、四角い積み木の上に載せてみようか」
幼児のようにソノミが言う。
「ソノミ、のせてみる」
ソノミは、手に持った積み木を、目の前の四角い積み木の上に積もうと持ってくる。
載せたかと思ったが、手を離すとまっすぐ載っていなかったので崩れてしまった。
「うーん、惜しいな。ちゃんと垂直に立てないと崩れてしまうよ」
「ソノミ、もう一回、やってみる」
「よし、偉いぞソノミ。じゃ、もう一回やってみるよ。じゃ、やってみようか」
ソノミ、積み木を掴むと、もう一度四角い積み木の上に積もうとする。
今度こそ、と思ったが、少しずれていたのでやはり崩れた。
「うーん、惜しい。ソノミ、じゃ、もう一回やってみよう」
「もう一回、やってみる」
ソノミは、訓練を続けた。

地下の研究室、片付けられた広めの空間。
ソノミが博に支えられて立っている
「いいか?じゃあ、手を離すよ」
博がそっと、ソノミから手を離す。
ソノミ、ふらふらしながら、何とか立っている。
「いいぞ。じゃあ、少し歩いてみようか」
「ソノミ、歩いてみる」
博、ソノミの片手を取って支えながら、ついて歩く。
「じゃあ、右足からいくよ。右足を前に出して」
「右足、前に出す」
ソノミ、ゆっくりと右足を上げて前に踏み出そうとする。ふらふらしている。
「いいぞ、その調子」
ソノミ、右足を着地する。少しふらつく。
「おっと。よし、いいぞ。じゃあ、次は左足だ。左足を前に出して」
「左、あし、だす」
ソノミ、ゆっくりと左足を上げて前に踏み出そうとする。ふらふらしている。
「そうそう、その調子」
ソノミ、左足を着地。少しふらつく。
「落ち着いて。その調子。じゃあ次は右足だ」
「右、あし、だす」
ソノミ、ゆっくりと右足を上げて前に踏み出そうとする。ふらついている。
「いいぞ、その調子」
ソノミ、右足を着地。少しふらつき、崩れ、博にそのまま倒れ込んだ。
「きゃっ」
「おおっと、危ない」
博は、慌ててソノミを体で支えようとした。

* * *

突然、博の脳裏に映像が浮かんだ。
夕方、土手の上の小道で、同年代の女の子が倒れ込んでくる。女の子の顔は、影になっていてよく見えない。

* * *

博は一瞬、動きを止めた。
はっと我に返って、
「ソノミ、大丈夫か?」
ソノミは博に倒れ込んで、二人して床に倒れていた。
きょとんとして、
「ソノミ、ダイジョウブ?」
博は、笑顔で言う。
「その分じゃ、大丈夫みたいだな」
ソノミを起こしつつ、立ち上がって、
「よし。じゃあ、続けるぞ」
「ソノミ、つづける」
博、笑顔で、
「良い心がけだ。じゃ、もう一回」
ふらふらしながらソノミは歩行訓練を続けた。
(それにしても、今のは何だったんだろう。記憶にはないようだが…)


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用語解説、コメント(I-1)

輪郭線で構成された映像
人間は目でものを見るのではなく、頭(脳)でものを見ると言われる。目で見た映像は、網膜で像を結ぶが、視神経を通じて脳に伝わり、 脳内の視覚野で特徴抽出され、様々な処理を受けて、最終的に脳で認識される。ここでの輪郭線の映像は、映像を微分した映像であり、特徴抽出 された映像と考えてもらいたい。
ロボットの人工頭脳
体制御の人工小脳と同じく、ニューラルネットを応用して作られた人工大脳である。
筋力制御リミッター
人間は、その持つ力の一部しか、普段は使っていない。いわゆる「火事場の馬鹿力」は、その無意識に設けられた制約を排除し、自身の 身を守ることを優先して力を解放したものである。ただし、大きすぎる力は、同時に自身を傷つけることともなる。普段は、筋肉を破壊しない 程度の力に押さえられている。ここでの筋力制御リミッターも、同様なものと考えてもらいたい。
ニューラルネット
脳を構成する140億個とも言われる神経細胞(ニューロン)。これが相互に結びついて、脳が働いていると考えられている。一つのニューロンは それぞれ約千個のニューロンと接続してネットワークを形成していると考えられる。このようなニューロンを人工的に作り、それらをネットワーク させたものがニューラルネットである。すなわち、人間の脳の働きを真似たものがニューラルネットである。一つのニューロンの機能はそれほどの ものではないが、それらのニューロンが同時並列に、かつ相互に影響し合って動く、超並列計算機ともいえるのがニューラルネットである。 ニューロン同士の結節点をシナプスと呼ぶが、ここでニューロン間の情報の伝達量が変化する。「重み」と呼ばれるこの、シナプスの接続を 変化させることで、ニューラルネットは「学習」すると考えられる。この膨大な量のシナプス重みを適切に設定するために、学習や反復訓練が 必要になるのである。なお、ニューラルネットは、必ずしも生物学的に作られる訳ではない。コンピュータと同じく、シリコン素子で作られることも あるし、コンピュータプログラムシミュレーションとして作られることもある。ここでは恐らくシリコン素子で作られているのであろう。
人工小脳
主に体の動きを司るのが小脳である。歩く際に、いちいち右足を上げたり、左足を上げたりと考えなくともよかったり、一度覚えたら しばらくやっていなくとも、自転車に乗れるのも、小脳の働きである。


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2004/9/13 初稿
2004/11/08 修正