自動人形(オートマタ)は機械仕掛けの夢を見るか

鎌田勝浩 作
2004/9/13 初稿


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I. ソノミ誕生(2)

再び暗闇。どこからか声が聞こえてくる。
「…ひろし、ひろし?」
博は、目を覚ました。寝ぼけながら周りを見回すと、そこはどこかのバーだった。 どうやら、バーのカウンターに突っ伏して眠っていたようだった。
「ん?なんだ?ここ、どこ?」
隣の席から若い女の声がした。さっき、自分を呼んだ声だった。
「信じられない。デート中に居眠りするなんて」
博と、その若い女は、バーカウンターで隣同士で座っていた。女の顔は、なぜか良く見えない。
「仕方ないだろ。最近忙しくてあまり寝てないんだ。つい、うとうとしてしまった」
「だからって、私とのデート中に寝る?そんなに忙しいの?大学院生って?」
「ごめんよ、園美。来週の学会発表の準備で今、忙しいんだ。なんとか時間を作って出てきたんだぜ。勘弁しろよ」
どうやらその女性は、園美という名前らしい。
「学会、って、確かロボット工学だったよね。あなたのやってたのは。院生になったばかりで発表することなんて、あるの?」
「そりゃあ、お前のように新入社員じゃ大したことは出来ないだろうけど、俺の場合は結構、研究の評価が高いんだぜ。教授の受けも良いし」
園美は、社会人1年生のようだ。博も、同じような年頃に見えた。
「どうせ新入社員は社員研修位しかやることはありませんよ〜だ。そんなに忙しいんだったら、いいわよ。私、帰るから。 研究でも何でもやれば良いでしょ。じゃあね」
園美は、席を立って、一瞬、笑顔を見せて素早く去っていった。
博は立ち上がって、園美が去った方向を見て、狐につままれたような顔をした。
「へ、なにそれ?ちょっと待てよ。園美、そのみ〜!」
(そのみ?園美って誰だ?)

* * *

「そのみ、そのみ…」
そこは放課後の高校の教室だった。博は自分の机に突っ伏して寝ていた。教室には博の他は、少年が一人、いるだけだった。
その少年、大穂穣(おおほ みのる)は、博が寝ている机の側の机に腰掛けて見ていたが、やがて博を揺さぶって起こした。
「おい、博、ひろし、起きろよ。もう帰ろうぜ」
博は、目を覚ました。
「ん?ああ、もうこんな時間か。帰んなきゃな」
「おい、どんな夢見てたんだ。そのみ、っていったい誰だ?お前の彼女か?」
皮肉っぽく穣が言う。
「え、何言ってんだよ、お前。そんな訳ないだろ」
慌てて博が答えた。
「はははっ、そうだよな。お前になんか彼女なんて出来るわけないよな」
少し怒って、
「そういう言い方はないだろ」
「ははっ、すまんすまん。そういえばどこかで聞いたような名前なんだよな、そのみって。」少し考え込んで、
「…あ、思い出した。お前が作っているっていうロボット、あれって、ソノミって言わなかったっけ?お前の寝不足の元凶が」
「ロボット?あ、あれか」
(どこかで聞き覚えがあると思ったら、あのロボットの名前だったか)
「ああ、確かにソノミって名前だ。しかし、さすがに耳が早いな、お前は」
「何だ、本当に作ってたんだ、ロボット。あの噂は本当だったのか」
「おい、穣、かまかけたな。」
博、穣に殴り掛かるまねをする
「よせ、よせ、博。はははっ」
「ははははっ」
穣は、一転、真顔に戻って言う。
「しかし博よう、なんでお前、ロボットを作るなんて、そんなこと出来るんだ? あんなもの、ちょっとやそっとじゃ出来る訳ないだろう。大学とか大企業とかの研究所とかじゃないと、無理なんじゃないか?普通は」
博、一瞬はっとするが動じず
「ま、俺の作っているのはそんな大それたもんじゃないからな。簡単なもんさ」
「ま、どっちでも良いけどな。さ、帰ろうぜ」

* * *

博は今までのことを思い返してみた。
博、パソコンのような機械に向かって設計図を書いている。
(確かに、俺がロボットの作り方なんて知っているはずない。確かに興味はあるけど勉強したことなんてあるわけがない。 だけど、知っていた。それを知っていることも知っていた)

博、ロボットの胴体、腕、脚、頭を組み合わせて組み立てている。
(当たり前のように、知っていた。何の苦もなく、設計し、組み立てることが出来た。 まるで、一度それをやったことがあったかのように。だが、そんなことはあるはずがない。 ただの高校生がロボットなんて作れるはずがないじゃないか)

博、ロボットの起動前の最終チェックをしている。
(そもそも、どうしてロボットなんて作ろうと考えたんだ?そんな理由なんてないはずなのに。 気がついたら当然のようにそれを始めていた。なぜだ?)

博、パソコンのような機械に向かって、カメラとマイクを使って会話している。
画面には仮想的なソノミの顔の表示
(それに、どうしてあのロボットに、ソノミなんて名前を付けたんだろう?なぜほかの名前でなく。 どんな名前をつけようかと考えることもなく、当然のようにそう呼んでいた)

画面の仮想的な顔のアップ
(ソノミって何だ?)

* * *

そこは夕方の高校の校庭だった。博は、穣と下校途中で、校庭には数人の生徒の影だけがあった。
(そういえば、あの夢に出てきた年上の女性。確か、園美っていったよな。なんで俺、名前を知ってたんだ。 知らない人なのに。そしてなんでロボットと同じ名前なんだ?)
ふと、思考を遮る声がした。穣だった。
「おい、博、ひろし?大丈夫か?何ボーッとしてるんだ?」
博、ハッと我に返って答える。
「ん?ああ、まあな」
「今日のお前、変だぞ?大丈夫か?…じゃあ、また明日な」
校門のところで、博は、穣と別れた。
(…でも、なんでだろう。とても懐かしくて、愛おしく感じる。そして、何かこう、苦しい気持ちも…)

場面は博の自宅地下の研究室。訓練は続く。
ロボットのソノミは、動きやすいトレーニングウェアを着て、作業台の前の椅子に座っている。
「よし、ソノミ、次はこの積み木を積み上げてみよう」
博はソノミに指示した。
作業台には積み木が結構高く積み重なっている。
「うん、これだね。ちょっとむずかしいかな?」
子供のように話すソノミ、だいぶ流暢にしゃべれるようになったようだ。
ソノミ、積み木を手に取り、そっと、積み重なっている上に載せる。
「よ、っと。こんな感じかな?」
「うまいうまい。じゃ、つぎはそれだ」
「はーい、これだね。いくよーっ」
ソノミ、積み木を手に取り、そっと一番上に載せる。が、直後、バランスを崩して全体が崩れる。
「あ、あああっ、ダメダメっ。あーあっ、崩れちゃったあ」
「あー、惜しかったね。全体のバランスを考えなきゃ。じゃ、気を取り直してもう一度やってみようか」
「はーい。ソノミ、もう一回やってみまーす」
ソノミ、台の上の円柱形の積み木に手を伸ばし、それを掴む。

* * *

突然、博の脳裏に、バーのカウンターの上のグラスに手をかける女性の手元の映像が浮かぶ。

* * *

考え込んでいる博。ソノミの声が聞こえる。
「ひろし?ひろしぃ!これでいい?次はどれにする?」
「あ、ごめん。じゃ、次はそれね」
我に返って、博は答える。

博の自宅地下の研究室。片付けられた広めの空間がある。
ルームランナーみたいな、ベルトが走る、歩行器具の機械の上でソノミが歩いている。側で博が見ている。
「いち、に。いち、に。…」
かけ声をかけながら、軽やかに歩くソノミ。
「だいぶうまくなったな。ソノミ」
それを笑顔で見ながら、博が言う。
「うん。ソノミ、うまくなった」
「じゃ、少し速くしてみようか」
「うん、いいよ。速くしよう」
「じゃ、速くするよ。いいかい?」
博は、側の機械を調整して、歩行速度を上げた。
「これでどう?まだ大丈夫?」
ソノミは、さっきより速く歩いている。
「まだまだ大丈夫だよ」
「よし。じゃあ、少し走ってみようか」
「はーい。ソノミ、走りまーす」
博、側の機械を調整して歩行速度をさらに上げる
ソノミ、軽く走り始める
「はい、はい、はい、はい…」
「よし、うまいぞっ。本当にうまくなったな、ソノミ」
「うん、うまくなったでしょ。ソノミ、頑張ったから」
「よし。じゃあ、そろそろ一休みしようか」
「はーい。一休み一休み」
博、側の機械を操作して、歩行速度を0にする。
「あーっ」
ソノミ、急に止まったのでふらついて転ぶ。
「危ないっ」
博、咄嗟にソノミに駆け寄って、ソノミと一緒に倒れる。

* * *

博の脳裏に、また映像が浮かんだ。
そこは薄暗い部屋の中で、若い女性が脚を取られて博に倒れかかってくる映像だった。なぜか顔はぼんやりして いるが、さっきの夢に出てきた女性のようだ。咄嗟に手を出して、女性を支える博。手には柔らかい感触が…。

* * *

博、ふと我に返る。博の上にソノミが倒れ込んでいる。
「博?ひろし?大丈夫?」
「あ、大丈夫。大丈夫だ」
ソノミ、博から立ち上がって
「ごめんなさぁい。ソノミ、ドジっちゃった。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。…じゃあ、少し休憩だ」
博、立ち上がって側の椅子に座る。
「ひろし?これ、何?」
ソノミ、壁の上の方に掛かっている、古ぼけた鍵を指差した。
「ん、これか?これは鍵っていうんだ」
「鍵?」
博は気付かなかったが、ソノミは、何かに気付いたような様子。
突然、
「ねえ、ヒロシ。私、だいぶうまくなったでしょ?今度は外にも連れてって」
「外?」
「ねえ、いいでしょ」
(外か。もうそろそろ大丈夫かな)
「そうだな。分かった。じゃあ、今度の土曜日に行こうか」
「わーい。ソノミ、嬉しい。ヒロシ、ありがとう」
ソノミ、笑顔で博に抱きつく。
「はははっ、ソノミ、よせ。よせよ」
(よし、うまくいった。今度は大丈夫だ)
博、ハッと気付いて
「今度は?今度って、何のことだ?」


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用語解説、コメント(I-2)

ルームランナーみたいな歩行器具
一連に並んだローラの周りに、広いベルトが巻いてあって、それが動くことで一定の場所で歩行が出来る機械。よく見るあの機械、正式名称はなんて言いましたでしょうか?昔は、同じような原理でルームランナーっていう名前で商品が出てたんですが、最近は互いに上下する2本の板の方式が主流なんでしょうか?


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2004/10/17 初稿
2004/11/08 修正