自動人形(オートマタ)は機械仕掛けの夢を見るか

鎌田勝浩 作
2004/9/13 初稿


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II. 外の世界へ(1)

土曜日の朝、博の自宅の玄関前。
ソノミは、女物の活動的でカジュアルな服装をしている。ただし、ちょっと野暮ったい。
よく見ないとロボットだとは分からない。
「わーい。お出かけ、お出かけ、嬉しいな」
はしゃぐソノミ、それを笑顔で見守る博。

* * *

前日、博は洋品店にいた。恥ずかしがりながら、女物の衣類を購入している博。

* * *

(あーっ、恥ずかしかった)
思い出して、また少し顔を赤める博。
「すてきな服、ありがとう。ソノミ、嬉しい」
ソノミ、笑顔。
「苦労したんだぞ。…よかったな」
ソノミ、笑顔で
「うん」
「じゃ、そろそろ出かけようか」
「うん」
ソノミ、博の腕にしがみ付いて笑顔で出かける。

博とソノミは、繁華街にいた。
現在の世界とほぼ変わらない街中の風景。休日で、多くの人たちが街に出ている。
ただし、どこかこざっぱりしている。まるで、記憶を頼りに描いた街並みのような…。
「すごい、すごいね。人がいっぱい」
「そうだね。今日は休みだし」

街中をあちこち歩きながら、いろんなものについて質問するソノミ。それに何とか答える博。

「ねえ、あれは、何?」
六脚自動歩行椅子が、人を乗せて街中を普通に移動している。
「あれは六脚自動歩行椅子っていうんだ。昔は車いす、ってのがあったんだそうだけど、 今はほとんどがこれに変わったんだそうだ。車いすは段差や階段なんかがあると使えないから、 バリアフリーとかいって、家や町中を平に改造しよう、っていう運動があったんだって」
「へーっ、随分無茶苦茶なことしようとしてたんだね」
「今は、この、六脚自動歩行椅子や、ほら、あそこに見えるパワードレッグなんかがあるから、 町全体みたいな、環境全部を改造しようってことは、必要なくなったんだ」
パワードレッグをしている人を指差す。
「ふーん」
「まあ、こういうのが出来たのも、ロボット工学が今のように発達したせいでもあるんだけどね。 そしてソノミが出来たのも」
「そうなんだ。ソノミも…」
(そう、ソノミはそのロボット工学の結晶。…いや、多分今の最先端の技術でも無理のはずだ。それがなぜ…)
嬉しそうに、
「ロボット工学って、すごいんだね」
楽しそうに歩いているソノミを眺めながら
(良かった。ソノミを連れてきてよかった。あんなに楽しそうにしている…。 でも何だ?この懐かしさは?なぜか昔から知っているような気がする…。昔から…)

夕方近くの住宅街。博とソノミ、一緒に歩いている。
「ソノミ、外の世界はどうだった?楽しかったかい?」
「うん!とっても楽しかった。ヒロシ、今日はありがとう」
ふと立ち止まって
「ねえ、あれ、何?」
ソノミ、北の彼方の山の方向を指す。
「え、どれどれ。あれは、山だな」
「やま?山っていうの」
「そう、山。確か名前は…」
山を見つめながら、何かを思い出すソノミ。突然
「ね、行こう。あの山に行きたい」
「え、山に行きたいの?何で?」
ソノミ、博の腕を掴んで揺する。
「ねえ、行こう、行こう。行きたいの。どうしても」
「どうしても?」
「そう、どうしても」
博、少し考える様子。ソノミ、その様子を覗き込む。
「わかった、わかったよ。でも、今日はもう遅いから、明日にしよう。明日の朝、出かけることにしよう。それでいい?」
ソノミ、喜んで
「うん、それでいい。行こう、行こう、明日の朝、あの山に行こう!」
喜び回るソノミを眺めながら
(それにしても、ソノミのやつ、何で突然、山なんかに行きたがったんだろう。 あの山に何かあったかなぁ?あの山に…。あの山?何だろう…何か大切なことがあったような…)

翌日の朝、博の自宅前。
ソノミ、昨日とほぼ同じ服装。博、背中に小さな袋(リュック)を背負っている。
「じゃあ、出発しようか。山までは少し遠いから、路面電車に乗っていくよ。いいかい」
「わーい。ソノミ、路面電車、初めて」
と、子供のように単純にはしゃぐ。
「さ、いくよ。もたもたしてたら置いてくからね」
と、歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ってぇ、ひろしぃ」
と、小走りに後を追う。

朝の住宅街。博、はしゃぐソノミとともに、最寄りの路面電車の停車場まで歩く。
博、嬉しそうなソノミの姿を見て

* * *

同じような状況の映像。ただし、ソノミの代わりに同年代の少女がいる。
同じように活動的でカジュアルな服装をしているが、どこかお洒落な感じ。今度は顔ははっきりと見える。
ソノミとは基本的に別人なのだが、どこか雰囲気が似ている。

* * *

(えっ、何?今のは誰?)
と、軽く驚く。

最寄りの路面電車の停車場。
路面電車を待っている2人。他に客はいない。
停車場に路面電車が入ってくる。
「ソノミ、さ、これに乗るぞ」
嬉しくて落ち着かないソノミ、それに反応して
「はーい。わかりましたぁ」
電車に乗り込んで、窓際の席に2人で座る。他の乗客はまばら。
「わーい。ソノミ、電車初めて。嬉しいな」
と、はしゃぐ。
「(小声で)おいおい、嬉しいだろうけど、そんなに騒ぐなよ。恥ずかしいから」
と、ソノミに耳打ちする。
「(小声で)はーい。分かりましたぁ」
と答えて、失敗した、という仕草。
博、やれやれという仕草。

博とソノミ、車窓から過ぎ行く風景を眺めている。窓が少し開いていて、ソノミのスポーティなショートの髪が風になびく。

* * *

同じような風景。ソノミが少女に変わっている。少女のセミロングの髪が、やはり窓から入る風になびく映像。

* * *

はっとして軽く驚く博。
(え、まただ。何だろう。これがいわゆるデジャビュ体験というやつなんだろうか? こんなデートなんてしたことないのに…(驚いて)え、デート?)
博、少し顔を赤らめる。
ソノミ、それには気付かず、楽しそうに車窓から外を眺めている。

山麓の停車場に着く。
電車から降りる2人。他に降りる人はいない。やがて、走り去る電車。
山を眺める2人。
「さ、ここからは大変だけど、歩くぞ。大丈夫か、ソノミ?」
にっこり笑って
「うん、大丈夫」
うなずいて
「よし、じゃ、行こうか」
登山道入り口に向かって歩き出す2人。

登山道の山道。ただし、それほど険しい訳ではなく、軽いハイキングに最適な感じの道。
ほとんどデート中のような、2人が歩いていく。
笑顔で
「確か、こういうの、ハイキングっていうんだよね、ヒロシ?」
「そうだね、ハイキングだね、これは」
(そして、これじゃ、まるでデートだな)

* * *

同じような風景。やはりソノミが少女と入れ替わっている風景。

* * *

(まただ。何なんだ、この感じは?この山にハイキングになんか来たことないはずなのに。ましてデートなんか…)
と、歩きながら軽く考え込む博。

枝道がある分かれ道に差し掛かる。
「あ、こっち。ヒロシ、こっちに行こう」
と、枝道の方角を指し示す。
「え、どうしたんだ?ハイキングコースはこっちだぞ」
と、太い道の方を指し示す。
「いいの。ソノミ、こっちへ行きたいの。いいでしょ」
と、駄々をこねるソノミ。
少し考えて
「分かった。じゃ、ちょっといってみようか」
「わーい。行こう行こう。ありがとう、ヒロシ」
と、嬉しそうにはしゃぐソノミ。
一行、枝道に進み始める。
(ソノミも仕方ないなぁ。あれ?でも何だ?この道、知っている気がする…何故だろう?)
枝道を歩く一行。

一行、ゆるい坂道を上りながら
(確か、この坂道を上りきったら右手に緩やかに曲がっていて、そしてやがて左手に洞窟が見えて…)
本当に、上りきって右に緩やかに曲がり、少し進むと左手に洞窟が見えてくる。
博、驚いて
(え、何?本当に洞窟がありやがった!)
洞窟を見つけたソノミ、指差して
「あそこに行こう。あの洞窟に」

* * *

博の脳裏によみがえる記憶。

夕立が降っている。時々雷鳴。
道を小走りに走る博とあの少女。
「雨、降ってきちゃったね」と、少女。
「まずいな。これじゃ濡れて風邪引いちゃうよ。とりあえずどこかで雨宿りしなくちゃ」
洞窟に気付き、その方向を指して少女が言う。
「あ、あそこに洞窟があるよ。とりあえずあそこに行かない?」
「よし、そうしよう。走るぞ!」
洞窟に向かって走り出す2人。

* * *

ソノミ、心配そうに博を覗き込みながら
「ひろし?ひろし。大丈夫?」
博、はっとして気付く
「あ、ああ。大丈夫だ。どうした?」
安心して
「良かったぁ。ねえ、あそこの洞窟に行ってみようよ」
と、洞窟を指差す。博、洞窟を眺めて
「ああ、分かった。行ってみよう」
洞窟へ向かって歩き出す一行。

一行、洞窟の入り口の前にたどり着く。
(確か、この中に、古い祠があったんだよな)


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用語解説、コメント(II-1)

六脚自動歩行椅子
車いすの車の代わりに、3組6本のロボットの脚を持ったもの。最近、二足歩行のロボットが流行だが、別に二足にこだわらなければ、技術的にはより容易であるはずである。車椅子の進歩があまりないようだが、技術屋としては、こっちの方向に進歩すべきでは、と思っていたりする。
パワードレッグ
人の脚に装着して、脚の筋力の補助をする器具。基本的に自分の脚の筋力で動くのだが、その力を補助することにより、弱った筋力でも自分の脚で歩けるようになる。最近、実際に試作品が開発された。
バリアフリー
作者としては、別に現在のバリアフリーの運動を否定するものではない。ただ、例えば車の例で言えば、周りの環境、たとえば冬の雪道を走れるようにするのに、除雪でも予算的に大変なのに、全ての道をロードヒーティング化して夏の道のようにすることは、予算的には無理だし無駄、かつ、環境にも影響を与えかねないことである。それよりも、雪道を走るためのスタッドレスタイヤの改良とか、本質的に雪道を移動できる新しい手段とか、そっちの方向に力を注ぐべきではないだろうか。同じように、過度に環境を変えようとするよりも、上記六脚自動歩行椅子やパワードレッグなどの、自らの側を助けるような方向で、技術発展を進める方が良いのではないか。そういう意味で、実際にそのような世界が実現した世界として、ここでは描いているのである。


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2004/10/17 初稿
2004/11/08 修正