自動人形(オートマタ)は機械仕掛けの夢を見るか

鎌田勝浩 作
2004/9/13 初稿


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II. 外の世界へ(2)

* * *

外は雨。時々雷鳴が聞こえる
博と少女が洞窟内に入ってくる。少女は17歳の桜園美だった。
「ふーっ、これでとりあえず雨宿りは出来るね」
「そうだな。助かったぜ」
園美、辺りを見回す。
奥の方を指差して
「あれ?奥に何かあるみたい」
洞窟の奥に進む2人。
「これって、祠、だよな?」
「多分、そうね。大分古いものみたいね」
洞窟の入り口から5メートルほど奥、行き止まりに、古びた祠がある。祠の扉の前に、何か光るものが。
「あれ?何かしら」
祠に近づいてよく見る。古びた鍵を見つける。
博も近づいて
「鍵、みたいだな。随分古いもののようだけど。古い型だし、錆び付いているみたいだな」
「どこの鍵かしらね?」
園美、鍵を手に取って振り返る。
「ねえ、この鍵。貰っちゃわない?」
と、不敵に笑う。
「そんなことして大丈夫か?大体、そんなもの拾ってどうするんだ」
「大丈夫よ。これ、宝物にするの。私たち二人がここで出会った記念。二人だけの秘密」
と、笑顔を見せる。
突然、とりわけ大きな落雷音が轟く。
園美、驚いて咄嗟に博に抱きつく。
「きゃっ!」
抱き合ったまま無言で見つめ合う二人。
やがて、どちらからともなく顔を寄せ合って、キスしようとする。
二人の唇がふれあう直前…

* * *

洞窟前で、物思いに耽る博。その顔のすぐ側で心配そうに博を覗き込むソノミ。
「ひろし、ひろし?」
はっとして、気付き、ソノミと目を合わせ、慌てて離れる2人。
気まずそうに、少し顔を赤らめて
「だ、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていただけだ」
少し残念そうなソノミ。
「ねえ、中に入ってみようよ」
一瞬考えて、そして迷わず
「ああ、そうしよう」

ソノミと博、洞窟内に入ってくる。
「ちょっと暗いね」とソノミ。

* * *

ホワイトボードに次の文字が手書きで書いている。
『SONOMI: Self-Organized Neuro Optimizing Mental Interface』

* * *

ソノミ、奥に何かを見つけて
「なんか奥にあるよ?行ってみよう」
ゆっくりと奥に進む2人。

* * *

大学の研究室。機械に囲まれた作業台の上に、人形等身大のロボットが仰向けに寝かされている。ロボットの頭にヘッドギア。 取り囲んで32歳の博、園美、穣が何かを激しく話している。

* * *

博、決意の顔。
洞窟の奥からかすかな光が。
ソノミ、祠をみつける。
「あ、何かあるよ。これは、何?」
「それは、祠だ。古びた祠…」
博、祠から漏れる光を浴びて…

* * *

大学の研究室。32歳の博、園美、穣がいる。
ロボットが暴走して勝手に動いている。
警告音が辺り一面鳴り響く。
「だめだ。筋力制御リミッターが正常に働いていない。これでは人の力くらいでは、こいつは止められない。 パワードスーツを装着した奴でもなければ。待ってろ、今援軍を呼んでくる」
穣、計器盤の前から立ち上がり、慌てて研究室から出て行く。

「きゃーっ」
暴走したロボットが、園美に今にも襲いかかろうとしている。
「ま、待ってろ、園美」
頭にヘッドギアをつけている博、目をつぶって集中する。
「…ダメだ。やっぱりコントロールできない…(叫んで)園美!」

* * *

洞窟内・祠の前。少年の姿の博、力なく座り込む。
「おれは、おれはアイツを、園美を傷つけてしまった。…園美を守れなかった」
別人のようなソノミの声がした。
「違う、違うわ。それは誤った記憶。…本当のあなたは、そんなことはしていない」
ソノミ、博に駆け寄ってしゃがむ。
博の肩をつかんで引き起こす。
「(力強く)思い出して。本当は、あなたは何をしたのか…。思い出して。あなたと、園美さんのために」
博、うつむいて
「でも、俺は、俺は…」
ソノミ、博の顔を覗き込んで
「大丈夫。何も心配はないわ。…私を信じて」
ゆっくり顔を上げてソノミの顔を覗き込む博。
ソノミの顔にオーバーラップして、園美(17)、園美(22)、そして園美(32)の笑顔が映る。それに合わせて
「(幻想的に)私を信じて。私を信じて。私を信じて…」

博、決心して決意の顔で祠に近づく。
祠の扉から、明るい光が漏れている。
博、意を決して祠の扉を開けようとする。
が、鍵がかかっていて開かない。
「ん、どうすれば…そうだっ」
上着のポケットをまさぐり、古ぼけたあの鍵を取り出す。
そっと鍵を扉の鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。
ゆっくり扉を開けると、中から目映い白い光が辺りを包み…

* * *

大学の研究室。32歳の博と園美がいる。
ロボットが暴走して勝手に動いている。
警告音が辺り一面鳴り響く。
「きゃーっ」
暴走したロボットが、園美に今にも襲いかかろうとしている。
「ま、待ってろ、園美」
頭にヘッドギアをつけている博、目をつぶって集中する。
「…ダメだ。やっぱりコントロールできない…(叫んで)園美!」

咄嗟に飛び出し、園美をかばう博。
辛くも退けるが、ロボットの攻撃を受けて、気を失う博。
暗転。
「博、(絶叫)ひろし〜!」

* * *

暗闇。やがて素早く画面全体が黒から真っ白になる。徐々に明度が下がり、通常の画像になる。
病院の天井の映像。

大学病院の病室。窓から日光が差し込んでいる。
博は、病室のベッドに仰向けで寝ていた。
頭にヘッドギアのような器具をつけ、そこから伸びる何本ものケーブルが、近くの機械につながっている。 側に透析装置のような機械もあり、博の腕にチューブが伸びている。
博は、目を覚ましていた。
周りを見ようとするが、頭の器具が邪魔でうまく動けない。それを見て、素早く白衣の男がやってきて、 頭の器具を外す。
博の腕のチューブを外す間に、博は周りを見回す。
博の頭の器具から伸びたケーブルにつながった同じ機械から、別のケーブルが伸び、 隣のベッドに伸びている。ベッドには女性が眠っており、頭にはあのヘッドギアが装着されている。
「気分はどうだ?博」
「(つぶやくように)長い夢を見ていたみたいだ…」
白衣の男、32歳の穣、笑顔で
「そうだ。お前は長い夢を見ていたんだ」
穣、真顔に戻って
「博、お前は事故で昏睡していたんだ」

* * *

大穂穣が語りだす。

大学の研究室。機械に囲まれた作業台の上に、人形等身大のロボットが仰向けに寝かされている。 ロボットの頭にヘッドギア。取り囲んで博、園美、穣が何かを激しく話している。

あの日、お前はロボットの起動試験をしていた…

「もう一度考え直せ、博。学会発表までいくら時間がないからって、無茶だ」
「大丈夫だ。俺の開発したこの、精神同調装置、SONOMIを使えば、うまくコントロールできるはずだ。俺を信じろ!」

お前も知っているように、精神同調装置SONOMIは、ニューラルネットで動く人工脳と、 人間の脳の間の意識を同調することが出来る。それによって、人工脳のモニタリングや コントロールが出来る。あのロボットもコントロールできるはずだった。しかし…

ロボットの起動試験を始める。

お前は皆の反対を押し切り、時間短縮のため、ロボットの個別試験をパスして、 いきなり全体起動試験を強行したんだ。その結果、あの事故が起きた…

* * *

穣は語る。
「事故で昏睡したお前は、一週間経っても目を覚まさなかった…。外傷は軽いもので、 いろいろ調べてもその原因は分からなかった。恐らく、精神同調装置の副作用による、 意識の逆流の影響もあったんだろう。
とにかく、このままでは衰弱死も考えられた」

* * *

病室で園美が博の精神内に突入する準備。園美、眠っている博の手を取り、見つめる。
隣のベッドに横になり、装置を装着する。
穣、機械の操作をする。
園美、目を閉じる。

そこで、精神同調装置、SONOMIを改造して、逆にお前の意識の中に潜り込んで救出するという案が出された。 装置の改造が済んで、いざ、実行という段になり、誰がそれを行うかということになった。 そんな時この危険を伴う任務に志願したのが、園美さんだったんだ。3日前のことだ。

* * *

「そして今日、お前が帰ってきた。あれから1ヶ月ぶりに」

隣のベッドで女性が目を覚ました。園美だった。
素早く装置を外す穣。
ベッドからゆっくりと起き上がる園美。
博の方を見て笑顔で
「あ、博君。戻って来れたのね。よかった」

博、起き上がろうとするが、力が出ず起き上がれない。
「無理をするな、博。お前は一月も眠っていたんだ。体の筋肉が弱ってるんだ」
「そ、そうなのか…」
園美の方を向いて
「園美、ありがとう。何か大変世話になったような気がする…」
「はっきりとは覚えていないのだけど、あなたは向こうの世界でロボットだった私を、 優しくコーチしてくれたみたいね。そのおかげで動けるようになって、本来の目的を思い出した私は、 こうしてあなたを目覚めさせることができた」
園美、立ち上がって博のベッドの側に来て、笑顔で
「今度は私があなたの面倒を見るわ」

六脚自動歩行椅子に乗っている博。その後ろに立ってサポートする園美。
病室の扉を開け、廊下に出て行く廊下の奥から明るい光が差し込んで、2人を包んでいく…

博と園美、二人のリハビリの生活が始まった。

そしてある日の午後の明るい部屋。窓際に木製の机がある。机の上にズームインすると、 あの古ぼけた鍵が、置いてあった。

おわり


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用語解説、コメント(II-2)

パワードスーツ
パワードレッグと同様な原理で、筋力を増強するために装着する機械。この場合、不足した筋力を補強するというよりも、自らの筋力をパワーアップして、より大きな力を発揮するためのもの。
透析装置のような機械
恒温動物である人間は、眠っていても基礎代謝が存在するので、エネルギーの補給が必要である。体が病気ではない博の場合、本来は栄養チューブを胃に入れるとか、排泄の袋をつけるとか、そんな姿になるのが今の医学の技術ではないかと思う。ただ、そうすると物語的にあまりきれいではない。そのため、透析機のような機械で、老廃物の分離と、栄養の補給の両方をやらせるという設定にしました。恐らく、そのうちに実用化する技術ではないでしょうか。実は最新の医学技術については、あまり詳しくないので、既に実用化、もしくはもっと良い方法があるかもしれません。
精神同調装置SONOMI
ニューラルネットにおける学習の本質は、各ニューロン間のシナプス結合の重み付けを適切に設定することである。作り方にもよるが、この無数にあるシナプス重みをコピーすることは難しいのではないかと思う。また、各素子のばらつきや、学習の内容によって、微妙に違いが生まれ、これが個性となる。ただし、そうすると使えるようになるまで育てるのに、時間が必要となりこれが問題となる。この問題を解決するために、今回は精神同調装置SONOMIを設定した。人間の脳と、人工脳であるニューラルネットを何らかの形でリンクさせ、ニューラルネットの学習を促進させるのが、この精神同調装置SONOMIの目的である。ただ、現実問題として、これを実現させるのは、かなり困難なことではないかと思われる。もし、これができたとしたら、という、いわゆるSF設定の一つと考えてもらいたい。
体の筋肉が弱ってる
人の筋肉は、使わないとどんどん弱ってきます。ただ、本当に一月昏睡したら、動けなくなるまで筋力が弱るかどうかは、実は知りません。でも、理屈で言えば、そうなるようにも思うのですが。ただ普通に寝ている訳ではないので、寝返りとかをして筋肉を使ったりはしないと思うのですが。本当のところ、どうなんでしょうか。


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
2004/10/17 初稿
2005/5/25 修正