トライスクル

鎌田勝浩 作
2005/10/31 初稿


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III. 設計変更

解決策

「どうだ、何とかなりそうか」
 部室に戻った中條は、山之内と改造三輪車について相談していた。
「ああ、何とかな。解決策は見つけた。あとは時間の問題かな」
「それは良かった」
「全然良くない!もう予算が無いぞ!他の予算を回さないと、お金が……」
 そう山之内が強く訴えるが、意に介せず、山之内の肩を叩いて、
「よし、任せた。頼むよ、タッちゃん」
 そう言って、笑顔を見せて立ち去る中條。
「おいおい。いつもそれだ。全く、もう……」
 そう言いながら、あきらめの境地の山之内であった。

トレーニング

 夕方の学内駐車場。車が停まっておらず、空いている一角で、小椋達がトレーニングをしていた。広沢が見守る中、小沢と相沢が、それぞれ普通の子供用の三輪車にまたがり、漕いでいた。

「先輩、なんで私たちがこんな目に遭わないといけないんですか?恥ずかしいですよぉ」
 そう小椋が不平を言うと、相沢も続ける。
「そうですよ。なんで普通の三輪車に乗らなきゃならないんですか?」
「漕がなくても良いって話じゃ、無かったんですか?」と、さらに小椋が続ける。
「ええい、うるさいわね」と広沢。続けて、
「まだ実機が出来ていないんだから、仕方ないでしょ。当日のぶっつけ本番にする訳には行かないんだから、慣れるためにも、こうやって、少しでも近いマシンに乗って、練習しておかないとダメでしょ」と、なだめる。
 それを聞いて、相沢が小声でつぶやく。
「マシン、って言っても、ただの三輪車じゃん」
 それを聞きつけて、広沢が咎める。
「ん?相沢君、なんか言った?」
「い、いえ、何でもありません、広沢先輩!」
「はいはい。文句言わないで、さっさと漕ぐ漕ぐ!」
 結局、やはりやることになって、舗装道路を一生懸命三輪車を漕いでいる2人がいた。
 漕ぎながら、小椋は思っていた。
「なんでアタシが、こんな苦労をしなけりゃいけないのよ?三輪車に乗るために入部した訳じゃないのに」

* * *

 小椋は思い出していた。桜咲く入学式直後の新歓の風景を。その時、小椋はあちこち見回りながら、学内を歩いていた。
(へーっ、いろんなサークルが有るのね)
「ちょっと、ちょっとそこのお嬢さん」
 後ろから声をかけられ、「え」と振り返る。
「そう、あなた。あなたです。そこのきれいなお嬢さん」
 振り返ると、中條部長が勧誘していた。
「え、私の事?」
 思わずそう答えた小椋だった。
(あ、美形。ちょっと好みかな)
「お嬢さん、うちのサークルに入らない?入ろうよ」
 そう勧誘する中條。まんざらでもない小椋は、
「えーっ、どうしようかな」と、一応興味を示す。
「そうしようよ。とりあえず入ってみようよ。きっと良い事あるから」と、中條は後押しする。
 少しためらいながらも、
「そうね、じゃ、入ってみようかな」と、言ってしまう。するとすかさず、
「はい、決まり、決まりね。一名様ご入会!」と、言って、どんどん手続きをすすめてしまう中條だった。

* * *

 そんなことを思い出しながら、ふと我に返る小椋。
「あれが、間違いだったのね。ちょっと中條先輩のルックスに騙されて、入ったおかげでこんな苦労をしてる。今から考えれば、きっと私がこんな小柄で、軽そうだったから、選んだだけだったんじゃないかな。あーあっ、だまされたっ」と、今になって後悔していた。

「広沢先輩、足が疲れました。少し休ませてください」と、相沢が泣き言を言う。
「しょうがないわね。分かったわ。じゃ、ちょっと休憩しましょう」
 仕方なく広沢がそう答えた。
 その声を聞いて、小椋、相沢は、三輪車から降り、その場に座り込んだ。

「どう?少しは三輪車が自分の手足のようになった?」
 広沢が尋ねると、相沢、
「もう、足が棒ですよ」
「そうじゃなくって!」
 広沢がつっこみ、一同、大笑い。

「でも、だいぶ慣れました。あの格好を含めて」
 そう言いながら、小椋は舌を出してみせる。
「ところで、自分の足で漕いでいるようなスピードなら余り関係ないけど、改造三輪車なら、30キロくらいは十分に出るわ。そうなると、カーブを曲がる時に、より早く回るためには、工夫が必要になるの。分かる?」
 そう、広沢が質問する。
「うーん、体重の移動とか、ですか?」と、小椋。
「ハングオン、とか?」と、相沢。
 すると、広沢は笑いながら、
「はははっ、二輪じゃないんだからハングオン、まではいらないでしょ。やりすぎると倒れちゃうだろうし」
「ははっ、そうでしょうね」と相沢が同意する。
「でも、体重移動は大切だと思うの。曲がる方向に体を傾けて、体重を移動させる事で、より速い速度でもうまく曲がれるようになると思うわ。最初は怖いかもしれないけど、慣れると逆にその方が安心できるでしょうしね」
「体重移動、ですか」と、小椋が聞く。
「すぐには無理でも、徐々に慣れていって、出来るようになってね」
「はい、少し怖いですけど、努力してみます」
「よろしくね。じゃ、もう少し練習してみましょうか」
「はい」
 すると、相沢が、いかにも嫌そうに
「まだやるんですか?」と言い出す。
「やります!」
 広沢がきっぱりと言い切る。
 それを聞いて、相沢、諦めて言った。
「はーい」

努力の日々

 自動車部部員達の作業が続いた。

 旋盤で棒材の加工をする中條。

 作業台の上で分解したモーターを再組み立てする山之内。

 組み上がった三輪車を台に乗せて、モーターの回転具合のチェックをする中條ら。

 部員達に飲み物や軽食の差し入れをする小椋。

 屋外駐車場で、再度の走行試験をする小椋、相沢ら。

 作業部屋の片隅で、座り込んで居眠りをして船を漕いでいる部員達。

レース前夜

 こうした努力の日々が続き、一同はレース前日の夜を迎えていた。
 自動車部部室では、部員達が息を殺して見守る中、中條が完成した改造三輪車のハンドル前のパネルに、8と書かれたゼッケンシールを、今まさに貼っているところだった。
「よし。これで完成だ!」
 そう中條が宣言すると、堰を切ったように歓声が湧き上がった。
「やったー」
「おつかれさま」
 部員一同、手に手を取り合って喜び合っている。
 そんな中、山之内は、中條の側に近寄ってきて労う。
「哲史、やったな」
「おう、達也。お前のおかげで何とか間に合った」
「なに、部員みんなが頑張ってくれたからさ」と、喜ぶ部員達に視線を向ける山之内。
 中條も、そんな部員達を見守りながら「そうだな」と頷く。
 一同、相変わらず喜びあっている。そんな皆を笑顔で見守っていた中條だが、一転、手を叩いて宣言する。
「よし、今日はここまで」
 それを聞いて、一同、静まって、中條に注目する。
「明日はいよいよレース当日だ。本番はこれからだ。レースでも、しっかり働いてくれ」
 そう言って、一同を見回してから、改めて続ける。
「もう余り時間はないが、明日に備えて今日はゆっくり休んでくれ。明日は、朝7時にここに集合。以上、解散」
 一同、お互いに労いながら、散っていった。

「あ、小椋、ちょっと待って」
 皆と一緒に帰りかける小椋を見て、中條が声をかけて呼び止める。
「はい、何でしょう、部長」と、振り返って答える小椋。
 立ち止まった小椋のそばに駆け寄り、
「いよいよ本番だな。明日は頼むよ」と、肩を叩いて中條が励ます。
「は、はい。頑張ります」と、緊張して答える小椋。
 そんな小椋を見て、中條は、笑って言う。
「今からそんなに緊張していてどうする。気楽にいこうよ、気楽に」
「は、はい、先輩」と、まだ緊張がとれない小椋。
「じゃ、今日はゆっくり休んで。寝坊するなよ。じゃあな」
 そう言って、立ち去って行く中條。
「はい、先輩、おつかれさまでした」

IV. サーキット

耐久レース

 さて、時間軸を元に戻そう。サーキットでのレースが進行中である。
 サーキットコース上を、全身フル装備の小椋が改造三輪車に乗って走っていた。

「純ちゃん、あと1周したら、ピットインして」
 走行中の小椋のヘルメットに内蔵されたインカムから、山之内の指示が届く。
「了解です」と、インカムを使って小椋が返答する。

* * *

「次、ピットインします」と、ピットの山之内が中條に報告する。
「よし、メンテ準備。相沢、すぐ交代できるよう、準備しておけ」
 山之内の報告を聞き、中條がそう相沢に指示する。
「はい、いつでもオッケーです」
 全身フル装備で、ヘルメットを脇に抱えた、ドライバー交代準備完了の相沢が、やる気満々で控えていた。

* * *

「ピットインします」
 ピットに設置してあるスピーカーから、インカム越しの小椋の声が聞こえてきた。すると、改造三輪車に乗った小椋が、ピットインしてくる。
「よし、来たぞっ」
 中條がそう言うと、メカニック担当の部員が集まってくる。
「ドライバー交代、準備よし」と言いながら、相沢もヘルメットを装着して近寄ってくる。
 やがてピットで三輪車が停止する。小椋が下車し、相沢とドライバーの交代をする。その間に、燃料を補給し、その他簡単な車体のチェックを行うメカニック担当の部員達。
「よし、準備オッケー。行けーっ」
 作業の確認をして、中條がそう叫ぶと、相沢搭乗の改造三輪車、静かに発進して、コースに戻っていく。

「純ちゃん、お疲れ。休んで」
 小椋がヘルメットを外して一息ついていると、広沢が近寄ってきて、そう言いながら小椋に飲み物を手渡す。
 渡された飲み物を一口飲んで、
「ふーっ、生き返ったぁ」と、小椋。
「よし、小椋、奥へ行って休んでこい。また30分後に交代だ」
中條がそう労うと、
「はい、休憩します」
 そう言って、小椋、ピットの奥に引っ込む。

「相沢、聞こえるか。マシンの調子はどうだ」
 山之内は、インカムを使って通信状態を確認する。
「こちら相沢、よく聞こえます。マシンの調子は、今のところ良好です」
 無線越しの相沢の音声が聞こえてくる。
「よし、現在のところ、順位は6位だ。頑張って一つでも順位を上げてくれ」
 そう、中條が伝えると、
「了解です。頑張って走ります」と、相沢の声が答える。

「山之内、どうだ?」
 振り返って中條が尋ねると、山之内が答えた。
「うん、ラップタイムが1分20秒台前半だから、時速にして29キロってところか。まあまあの数字だな。だた、順位を上げるとなると、10秒台が欲しいところだな」

疑惑

 ピット奥では、小椋が、ヘルメットを側に置き、皮ツナギを緩めて、ソファに横になって休息していた。そこに、中條が、入ってくる。
「小椋、お疲れ。どうだ調子は」
「あ、部長。ちょっと疲れましたが、大丈夫です」と、小椋、起き上がって答える。
「そうか。お疲れさん。レースも半分を過ぎた。休んだらあと1回、この調子で頑張ってくれ。期待してるよ」
「はい」
 そう答えてから、一瞬ためらい、
「あの、先輩。一つ聞いても良いですか?」と、尋ねる。
「なんだ?」
 それを聞き、ためらいがちに尋ね始める。
「えーと。先輩が私を部に勧誘したのって、やっぱり私が小さくて軽そうだったから、なんですか」
 予想外のことを聞き、驚く中條。
「え、そんなこと、あるわけないじゃない」と、あわてて答える。
「確かに、お前をドライバーに選んだのは、お前が軽量級だったからだけど、それは結果的に部員の中でそうだっただけで、別にそういう人を選んで勧誘した訳じゃないぞ」と、続ける。
「それに……」
 何かを続けて言おうとしたが、急に妨害が入ってきて言いそびれてしまう。
「哲史、大変だ。問題が起きた。ちょっと来てくれ」
 不意に、山之内の切迫した声が飛びっこんでくる。その声を認めて、中條、振り向いて、
「あ、分かった。今行く」と答える。そして小椋の方に向き直して言った。
「何かあったようだ。その話はまたあとにしょう。じゃ」
 そう言い残して、中條は飛び出して行く。
「はい、じゃあ、またあとで」
 後に残された小椋は、誰もいなくなった空間に向かって、そう言葉を吐き、呆然と見送るだけだった。


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用語解説、コメント(2)

インカム
マイクとヘッドフォンが一体となっていて、特定の他者と相互に会話が出来るようにする装置。


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鎌田勝浩
kamada@kil.co.jp
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